ⒸPiyocchi
このゲームに勝者はいません
2025年4月、アメリカの政治風刺番組『ザ・デイリー・ショー』でホストを務めるジョン・スチュワートは、トランプ大統領の言動が、さながら『イカゲーム』シーズン3の宣伝文句のようであると皮肉り、その喩えは大手報道機関の記事となって世界中に拡散した。
英国のガーディアン紙の記事を読んでみよう。
「メソメソするな! バカなことはやめておけ! パニカン(弱虫でバカな人々の集団をこれからはそう呼ぶんだ!)になるな!」と、トランプはSNS《トゥルース・ソーシャル》に投稿したのだが、これに対してスチュワートは次のようなツッコミを入れる。
「『パニカン』だって? 〔ジョー・バイデンを揶揄した〕『お眠のジョー』や〔ヒラリー・クリントンを揶揄した〕『いかさまヒラリー』といった鉄板ネタを開発してきた天才が、いったいどうしたんだ。『あんたはパニカンか?』だなんて」と彼は笑う。「それを言うなら、〔ヒステリックな民主党支持者という意味で〕ヒステリクラットってのはどうだ? あるいは、〔共和党支持者と卑語を足して〕リプッシーカンか? あるいは〔熱狂的なトランプ支持者を指して〕クライン-トロジストはどうだ? おまえさんがニックネームを輸入している海外の工場は、この関税戦争のあいだは運転停止になっちゃったのかい?」
トランプはしかし、「失敗するのは弱者だけ!」("ONLY THE WEAK WILL FAIL!")と投稿し、さらなる関税擁護の姿勢を示してみせた。
これに対してもスチュワートは、「なにやってんだ?!」と叫んでみせる。「おまえさんの経済政策は、『イカゲーム』シーズン3の宣伝文句そっくりじゃないか?」と。(※1)
言うまでもなく、トランプの仕掛けた関税戦争は、アメリカと関係をもつあらゆる国に影響を及ぼす。それをアメリカの仕掛けた一方的な『イカゲーム』であるとするならば、ほとんどすべての参加者は「弱者」となるしかない。さらに、「関税戦争に勝者はいない(Nobody wins in a trade war.)」と訴える国連事務総長アントニオ・グテーレスの言葉を借りるならば、2020年代半ばに勃発したこの世界的な「戦争=ゲーム」では、アメリカを含むほとんどすべての参加者は「敗者」にならざるを得ないのである。(※2)
ディール? ディール!
ところで、こうしたトランプの関税戦争がベトナム社会主義共和国にまで及んだ際に、各国のメディアは半世紀前に終わった「ベトナム戦争」に言及しないではいられなかった。
南北に分割されたベトナムの「内戦」に、大国アメリカが軍事介入し泥沼化させたこの戦争は、ベトナム本国では「アメリカの戦争」と呼ばれてもいるのだが、1975年のサイゴン陥落から20年後に国交を回復してからは、両国はあらゆる面で協力関係を築き上げてきた。しかし、その関係はあくまでも小国と大国の不平等なパートナーシップに過ぎなかったことを、2025年の関税戦争はあらためて白日の元にさらしたのである。
交渉開始時には「46パーセント」という法外な関税を提示しつつも、最終的にそれを「20パーセント」に下げてやった、と居丈高にSNSに書き込むトランプ大統領(ただし、ベトナムを経由してアメリカに輸出される商品は40パーセントとされた)。彼の言葉を信じるならば、こうしたアメリカ側からの譲歩に対する「見返り」として、アメリカからの輸入品にはいっさいの関税をかけませんとベトナム側は申し出たらしい。(※3)
一方で、Nikkei Asiaの7月3日付の記事によれば、こうした「弱者と強者」という構図を必要以上に強調するトランプの関税戦争の裏では、もっと俗悪な支配者たちの「ディール」が行われていたという。
共産主義国のベトナムは、同国に15億ドル規模のゴルフリゾートと高級ホテルを展開するといったトランプ・オーガニゼーションのプロジェクトを異例なスピードで承認し、今年5月に同プロジェクトは着工した。トランプの息子、エリック・トランプもまた、ホー・チ・ミン市に出向き、トランプ・タワーの建設予定地を視察した。(※4)
ドラマ以上にドラマらしい裏取引に、もはやあきれたトーンのNikkei Asia。同記事は最後に、この関税戦争が勃発した2025年がベトナムとアメリカの国交回復30周年にあたることと、1975年のサイゴン陥落までのおよそ20年の間、アメリカとベトナムはやはり大きな戦争の名のもとに敵対していたという事実にのみ言及し、筆をおいている。
その旗は黄色かった
1946年6月生まれのトランプは、ベトナム戦争の只中に青春期を過ごした3人の大統領のひとりだが、徴兵は免除されている。もちろん、ベトナム戦争/アメリカ戦争に対する歴史的評価を踏まえたならば、違法であれ合法であれ、当時の「徴兵拒否」は簡単に非難されるべきものではない。ボクサーのモハメド・アリが、「なぜ自分がベトナムに行ってまで無実のベトナム人を攻撃しなければならないのか?」と、合衆国内での人種差別を引き合いにしながら徴兵を拒否したことは、あまりに有名だ。(※5)
1942年生まれのアリに、46年生まれのトランプ。彼ら60年代に青春を過ごした若者たちが、いったいどのように自らの未来を選択していったのか。そうしたことを知る上で、ネットフリックスの最新ドキュメンタリーシリーズ『ターニング・ポイント ベトナム戦争』(2025)は最適な教材と言えるだろう。J・F・ケネディからリチャード・ニクソンに至るまで、ベトナム戦争に関わった大統領とその側近たちが交わした膨大な会話の録音テープをベースにした本作は、同時に、そうした裏の駆け引きや取引をいっさい知らされることなく時代を駆け抜けた当事者たちから、解像度の高い証言を引き出していく。
戦況を知らされずに銃撃戦の只中に放り出されたアメリカ兵から、「戦車キラー」との異名を持つ南ベトナム民族解放戦線(ベトコン)の女性兵士、さらには、虐殺事件のあった村で奇跡的に生還したかつての少年に至るまで、『ターニング・ポイント』のカメラは、ベトナム/アメリカ戦争に関わらざるを得なかった人々の個別の事情をビビッドに描き出しながら、なおかつ各陣営の壮大な戦略が交錯していく様を、視認しやすいグラフィックによってスマートに解説する。
ただし、トータルで6時間半という、決して短いとはいえないこのドキュメンタリーの視聴体験の果てに、私たちの前に(あらためて)提示されるのは、喩えようもないほどに切ない一枚の写真だ。ドキュメンタリーの冒頭にもチラリと映されていたその写真は、2021年1月6日にトランプが煽動したとされる議会議事堂襲撃事件現場を写したもので、議事堂を取り囲む暴徒たちの頭上にはためているのは、あろうことか、かつての「南ベトナム」の黄色い旗なのであった。(※6)
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本稿に引用されているネットフリックスからの引用は、配信されている日本語・英語・韓国語字幕を参考にして、引用者が翻訳したものである。
(※1)https://www.theguardian.com/culture/2025/apr/08/jon-stewart-trump-tariffs-economy (引用者訳、以下同)
(※2)https://x.gd/MtaHm
(※3)https://asia.nikkei.com/Economy/Trade-war/Trump-tariffs/US-and-Vietnam-say-they-have-reached-agreement-to-lower-tariffs
(※4)同上.
(※5)原文は "Why should they ask me to put on a uniform and go 10,000 miles from home and drop bombs and bullets on brown people in Vietnam while so-called Negro people in Louisville are treated like dogs and denied simple human rights?" 訳語は、以下のサイトを参照した。https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/06/post-5270.php
(※6)ドキュメンタリーシリーズ『ターニング・ポイント ベトナム戦争』ネットフリックス、エピソード5、2025.