6-0.国立編 プロローグ〜桜並木のヴォルテール

 国立と言えば桜並木だ。駅から南に向かって真っ直ぐ伸びる大通り沿いの桜が満開になると街全体が、この世のものとは思えないくらいのパラダイス感に包まれる。金沢編にも登場した、味噌屋の息子の舟木君が一橋大学に受かって、僕が北君と引っ越しの手伝いをしに行ったのもこの季節だった。

 駅前のミスタードーナツでお土産として一箱買い込んだ。舟木君の合格が、なんだか自分のことのように嬉しかったのだ。不思議なことに、ちょっと古めのアパートの棚には前の住人が置いていったらしい文庫本の列が並んでいた。

「や、これは珍しい。ヴォルテールの『哲学書簡』ではないですか。くれよ」と僕が言ったら、舟木君がちょっとムッとしていたのを憶えている。当時絶版だったんですね。でもちゃっかり貰って帰ったけど。おかげで、今でもヴォルテールは大好きだ。

 東京のあれこれが珍しくて、僕らはそのあと、今はなき『ぴあ』を片手に遊び回った。鴻上尚史率いる第三舞台の芝居を新宿の紀伊國屋ホールで見たのもこのころかな。筧利夫のクドい演技を今でも憶えている。舟木君はこれに影響を受けたのか、そうでもないのか、いずれにせよ突然、演劇に目覚めてしまった。

 彼が入ったのが、今でも存在するサークル、劇団己疑人だ。コギトってデカルトの「我思う、ゆえに我あり」っていう例のあれだね。当時の己疑人のアトリエは大通りを挟んで一橋大学の東側キャンパスにあった。ぼろぼろの小屋みたいなところに、自分たちで何かやってやる、という感じの男女が10人くらい集まっていた。

 ライバルは隣の部室にあったパパ・タラフマラで、小池博史というすごーく有名な人に率いられた、すごーく有名な劇団だった。いや、パパ・タラフマラの方ではどう思っていたかはわからない。あんまり気にしていなかったのかも。だってもうこのころでは、イギリスやドイツで公演していたぐらいだからね。

 それでも僕は、この己疑人の人達が作る世界が好きだった。第三舞台みたいなナンセンスな笑いに満ちた作品もあれば、ピナ・バウシュみたいな、音楽と踊りで作り上げたパフォーマンスもある。まあ、要するにバラバラなんだけど、それは団員一人一人が好きにしているってことで、そうしたバラけた感じが当時の僕にはしっくりきた。

 公演のたびに舟木君に呼んでもらって、その後の打ち上げにも必ずといっていいほど参加し、団員たちと延々と話し続けた。だからって、取り立てて何について話したってことでもないけど。ただ、なんとなく一緒にいて、酒を飲んだり、たまに楽器を弾いたりすることがとても貴重だったんだろう。そのまま朝になることもしばしばだった。

 でも僕は劇をやることはなかった。たぶんすでに、自分は書き手になる、と決めていたんだと思う。ただ、何をどう書けばいいかはわかっていなかった。だから、詩を書いたり評論を書いたり、別の仲間と同人誌を出したりしていたけど、これ、というものは見つけられなかった。

 かっこいい批評家の文章を真似してうっとりしたり、あるいはこんなものダメだと思って落ち込んだり。まあ、普通の大学生だったんだね。そのときは自分がアメリカ文学研究をやったり、翻訳をやったりするようになるとは思っていなかった。

 そこへいくと舟木君は輝いていた。だって、もう自分のヴィジョンをちゃんと舞台にしていたんだから。特に憶えているのは、吉増剛造の詩を使ったパフォーマンスアートだ。島尾敏雄や島尾ミホの作品にハマッていた舟木君は、南島つながりで吉増剛造にも凝っていた。

 そこで彼が作ったのが「河の女神の声が静かにひびいて来た」という詩語を繰り返しながら展開していく、声と体の動きで構成された作品だ。自分の感覚を信じて、吉増さんの言葉をリミックスしながら、そこで湧き上がってくるものを表現する。素直にかっこいいと思った。

「才能がないからこそ作れるものがある」と当時の舟木君は語っていた。この言葉に僕は大いに揺り動かされた。一生の仕事として文学をやっていきたい。でも果たして自分には才能があるのだろうか。そうした、典型的に青臭い疑問で僕の心はグラグラだった。だから、そんなもの関係ない、と言い切る彼の言葉に強さを感じた。

 そのあと僕は大学の先生になり、翻訳や評論なんかをしながら、文学にたずさわる仕事を続けている。才能があったのかどうかはいまだにわからないけど、30年ほど続けて来られたんだから、あったことにしておいてください。一橋大学ともすっかり縁がなくなった今でも、ときどきあのアトリエのことを思い出す。

 僕が大学を出たあと実家が多摩地区に引っ越したので、今もたまに国立に行く。当時通っていた駅前の、奥に細長い古本屋に入って、文庫本を漁ったりする。そうしていると、たまに自分がいつの時代にいるのか分からなくなる。このまま、あのアトリエに戻れそうな気がする。


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