Ch.3 ソウルメイトを待ちながら アメリカに暮らすユダヤ人たちの婚活と成人式事情(前編)

netflix.jpgⒸPiyocchi

見ておいてよかった!

海外作品につきものの「邦題」が苦手な人は、きっと少なくないはずだ。ネットフリックスのコンテンツでも、『今ドキ!ユダヤ式婚活事情』(2023)や『バト・ミツバにはゼッタイ呼ばないから』(2023)といった日本語のタイトルを目にして、「おお、これはゼッタイ見なくては!」と期待値を上げる人が、いったいどれくらいいるだろう?

もちろん、凡庸で説明過多な邦題なくしては、私たちはなかなか自分の求めるコンテンツを見つけ出すことができない。ことに、独自のルールと特別な言語でかたち作られるユダヤ文化のようなテーマに挑むにあたっては、邦題はむしろベタなくらいでなければ気軽に再生ボタンをクリックすることもできないだろう。

そして結論から言ってしまえば、『今ドキ!ユダヤ式婚活事情』も『バト・ミツバにはゼッタイ呼ばないから』も、いずれも「見ておいてよかった!」と思える作品だった。アメリカ文学研究者という仕事柄、ユダヤ系の作家たちが物語るアメリカには親しんできたつもりだったが、ここまでカジュアルでかつまたナイーブなユダヤ事情を、私はまったく知らなかったのである。

ユダヤ式結婚仲介

ではまず、『今ドキ!ユダヤ式婚活事情』の魅力から紹介していこう。「ジューイッシュ・マッチメイキング」(ユダヤ式結婚仲介)という原題のとおり、この作品がスポットを当てるのは、アメリカとイスラエルを行き来するユダヤ系のカリスマ結婚仲介業者だ。肝っ玉かあさんという言葉がぴったりの物腰でクライアントに対峙しつつ、細やかな気遣いを忘れることのない彼女の名は、アリーザ・ベン・シャローム。その仕事は、独身ユダヤ人たちの「ソウルメイト」探しを手伝うことである。

アリーザ ユダヤ教の「ソウルメイト」は、説明することが難しい概念です。世間一般では、一つのソウルがもう一つのソウルに出会う、あなたと私がひとつになる、この世界には私のためのたった一人の人間がいる――そういったものがソウルメイトだとされていますが、違うんです。ソウルメイトというのは天国で作られますが、地上に降りてきた私たちは、自分でそれを選ばなくてはいけません。地上でソウルメイトを作る方法は、フッパー(天蓋)の下で結婚式を上げることです。そうやってソウルメイトができるんです。結婚しようと決めたまさにその瞬間、相手の人間があなたのソウルメイトになるんです。(※1)

フィラデルフィア出身のアリーザは、独身の頃はさほどの信仰心を持たずに暮らしていたのだが、結婚後にあらためてユダヤ教に向き合い、そしてイスラエルに移住した。五児の母としても忙しい日々を過ごす彼女は、みずからを「バアル・テシューバー」(ユダヤ教の信仰を取り戻した人)と呼び、「世界には1500万人のユダヤ人がいて、1500万とおりのユダヤ人らしさがある」といった信念のもと、老若男女を問わず彼らのためのソウルメイト探しに奔走してきた。

そんなアリーザが、いつも手にしているアイテムがある。それは、ミントグリーンの表紙に写実的なフクロウのイラストが印刷されたノートブック。クライアントがいったいどのような「ユダヤ人」であって、結婚相手の「ユダヤ人」には何を求めるのかを、彼女は使い込んだ金色の万年筆をさらさらと動かして、そこに無駄なく書き留めていくのだ。

コーシャを気にしない眉毛クイーン

マイアミに暮らして半年ほどというユダヤ人女性ダニ・バーグマンのケースを見ていこう。以下は、アリーザのメモを元に書き起こされた彼女のバックグラウンドと、理想の相手の条件だ。

ダニは...
1、ハイホリデーズ(ユダヤ教の新年に関連する祭日の総称)を祝う
2、シャバット(安息日)を家族と過ごす
3、コーシャ(食品の清浄さに関するユダヤ教の規則)に(家族は従っているが)自分は従わない
4、家族第一
5、自分を女王様のように扱ってくれる人がいい
6、「眉毛自慢のカップル」になりたい(※2)

いかがだろうか。最初の2つは、なるほど彼女は敬虔なユダヤ人家庭に育ったがゆえに、そのような男性を求めているのだなと、私でも比較的容易に解釈できてしまう気もするのだが、続く「コーシャ」のくだりからは、どうにも頭の中にクエスチョンマークがちらついて仕方がない。「家族が大切だからこそ自分を女王様扱いして欲しい」といった要望も不可解だし、未来の夫と「眉毛自慢のカップル」になりたいなどと言われても、あなたは本当に結婚相手を探しているのですか? と問いただしたくなる。

だが、カリスマ結婚仲介人であるアリーザは決してひるまない。というのも、こうした支離滅裂に見える条件こそは、アリーザが必要とする「1500万分の1」のユダヤ人らしさに他ならないからだ。

ダニは言う「私の家族はコーシャを守ってる。牛乳と肉を混ぜないし、エビや豚も食べない。でも、私はイスラエルの友だちに勧められて、チーズバーガーを食べちゃった。「このチーズバーガーを食べてみな、人生観が変わるから」って彼女に言われて、イン・アンド・アウトバーガーのを試してみたの。そしたら本当に人生が変わっちゃった。「チーズなしのハンバーガーなんて、金輪際考えられないわ」って感じ。だから、ある意味で私は、家族よりもユダヤ人らしさが薄いのかもしれない。〔......〕家族は本当に大事。私は本当に家族にべったりなの。だから家族にもいっつも私のことを考えていて欲しい。私をクイーンみたいに扱って欲しいの」

家族が大事と言いながらも、家族のユダヤ人らしさからはわずかに距離をとり、その上で自分を特別扱いして欲しいと語るダニ。溌剌とした笑顔と自信に満ちた語り口が魅力的な彼女は、自分を女王のように扱ってくれる献身的な伴侶を求めながらも、一方で、自分と同じように特別な存在感を発揮してくれるユダヤ人男性を探しているという。

自分らしく生きることと、そんな自分を認めてくれる家族を愛すること。ユダヤの伝統に敬意を払いながらも、自尊感情をきちんと持ち続けようとするダニにとって、彼女の「ストロング」な眉毛こそは、そうした自身の生き方の象徴でもあるのだった。

ダニ 濃くてハッキリした眉毛の人がいいの。だって、私が「眉毛クイーン」だから。〔......〕私は「アイコンブロウズ」っていうインスタのアカウントも持っていて、世界中のいろんな場所で撮った自分の眉毛をひたすらアップしてる。意味わかんないかもだけど。〔......〕彼と私が歩いていると「やだ、あの人たちの眉毛スゴい!」ってみんなが口にするようなカップルになりたいわ。(※3)

ユダヤ文化と適度な距離感を保ちつつ人生を謳歌する「眉毛クイーン」のダニは、きっと自分と同じような価値観と存在感を持つユダヤ人男性を求めているのだろう。はたして、そんなクライアントの要望に、アリーザはどのような提案を出していくのか。

【中編】に続く>>>

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本稿に引用されているネットフリックスからの引用は、配信されている日本語・英語字幕を参考にして、引用者が翻訳したものである。

(※1)リアリティ番組『今ドキ!ユダヤ式婚活事情』エピソード1、ネットフリックス、2023.
(※2)同上.
(※3)同上.