ⒸPiyocchi
イケメンの彼はセファルディム系
ダニが紹介されたのは、清潔にトリミングされた顎ひげに誠実なまなざし、そしてもちろんキリリとした眉毛が印象的な、31歳のキューバ/トルコ系ユダヤ人デイヴィッドだ。体格もがっしりとしてダニの好みにぴったりな彼は、マイアミで「セファルディム系ユダヤ人」のための活動をしているという。
セファルディムとは、東欧やドイツ語圏にルーツを持つユダヤ人とは異なり、スペインやポルトガル、あるいは北アフリカにルーツがあるユダヤ人のことだ。レイモンド・P・シェインドリンの『ユダヤ人の歴史』(2014)の説明によると、セファルディム系は、アメリカに複数あるユダヤ人コミュニティのなかでも最古の移民とされる。もともとはブラジルのレシフェというオランダ植民地に暮らしていた彼らは、宗主国の交代劇を経た1654年にレシフェを離れ、今のニューヨーク市に移住した。ただし、そのときの人数は総勢23名であったという。 (※1)
それから3世紀以上の時が流れ、北米には現在、17万人以上のセファルディム系ユダヤ人が暮らしている。全米のユダヤ人人口をおよそ580万人と見積もると、(※2)その数は全体の3パーセント程度となる。(※3)
ちなみに、デイヴィッドとダニが暮らすマイアミは、2010年代からユダヤ人人口が増加し始めており、2024年の時点ではおよそ13万人、そのうちの18パーセント、すなわち2万3000人ほどがセファルディム系であるという。(※4)
全体としては少数派だが、マイアミという地域ではかなりの存在感を持つセファルディム系。カジュアルな雰囲気を保ちつつも、信仰のレベルがずいぶん高めな組織をオーガナイズしているらしいデイヴィッドを紹介されたダニは、みずからが非セファルディム系であることもあいまって、どうにも複雑な気持ちのようだ。
ダニ でも、アシュケナジム系(東欧やドイツ語圏にルーツを持つユダヤ人)とセファルディム系の違いって、よく分からないわ。
アリーザ 出身地の違いよね。平たく言えば、見た目というか、肌が浅黒い人がセファルディム系なんだけど、必ずしもそうとは限らない。相手によるわ。
ダニ 私はアシュケナジム系だけど、いつもセファルディム系に間違われる。
アリーザ セファルディムは、父系なの。
ダニ へえ。
アリーザ ハラーハー(ユダヤ法)的には、ユダヤ人は母系でしょ。でもアシュケナジムとセファルディムの違いは、父系で考える。
ダニ なるほど。
アリーザ だから父親がアシュケナジム系で母親がセファルディム系だったら、子どもはアシュケナジムになるわけ。
ダニ そうだったのね。(※5)
心配の種は尽きないものの、素敵なレストランで最初のデートを試みた2人は、ひとまずお互いの容姿を気に入り、2回目のデートに進む。エンジンを停止させたジェットスキーの上に向き合って座り、きらきらと輝く海を背景に語り合うダニとデイヴィッド。一見ロマンチックなひとときを過ごしているようだが、会話の内容は思いのほかヘビーだ。
ダニ セファルディム系とアシュケナジム系の文化の違いって何かしら。
デイヴィッド セファルディム系ってのは、中東の国々の影響を受けている。食文化は特に違って、中東風だ。人格だってちょっと違う。セファルディム系の男はスパイスが効いているんだ。デートも違ってて、女の子はかなり伝統的だね。
ダニ どうしてあなたたちは過越の祭りでお米が食べられるのに、私たちは食べられないの?
デイヴィッド それは分からないな。
ダニ 知らないのね。
デイヴィッド 理由はね。ラビに聞いてみよう。
ダニ もしも私たちが結婚したら?
デイヴィッド 君もお米が食べられる。
ダニ 食べていいの?
デイヴィッド 男性がセファルディム系かどうかが問題だからね。僕がセファルディム系だから、家族もそうだ。
ダニ なるほど。
デイヴィッド 実際に結婚することになったら、君もセファルディム系のライフスタイルに従うことになるけど、それでもいいかい?
ダニ ええ、構わないわ。でも、その前にあなたが私に飽きてしまったら?
デイヴィッド そのときは友だちになればいい。友だちでも大丈夫だ。
ダニ そうかもね。
デイヴィッド 別に男女の仲は交際だけがすべてじゃない。縁がないものは仕方ないよ。
ダニ ええ。それであなたは私と友だちになりたい?
デイヴィッド いや、それ以上の関係がいいな。(※6)
結婚ともなれば、個人の価値観のみならず互いの家族の習慣や伝統とも折り合いをつけていかねばならない。いずれの文化圏でもそうした苦労はつきものであるけれど、これまで比較的自由なユダヤ人コミュニティで暮らしてきたダニは(特にマイアミでは、同じユダヤ人と分かるやすぐに仲間に入れてくれる、と彼女は嬉しそうに語っている)、デイヴィッドとの交際を通じて、地層のように重なりあったユダヤ文化の中を走る、無数の亀裂に直面していくのだった。
微視的なダイバーシティをもとめて
結局、ダニとデイヴィッドの交際は上手くいかない。ダニの主張するところでは、デイヴィッドは、彼女のセファルディムっぽい外見が好きなだけで、ダニ本人のことはちっとも尊重してくれないという。そればかりか、デイヴィッドはダニの誕生日にすら「安息日だから」という理由で参加しなかったのである。
一方で、関係の終わりを通告されたデイヴィッドの主張も切実だ。「僕たちの信仰のレベルは、あまりに違いすぎる」と彼は言う。「僕は君を、君自身が望んでいない人生に引きずりこみたくない。つまるところ、僕らは同じものを望んでいない気がするんだ。」(※7)
リアリティ番組『今ドキ!ユダヤ式婚活事情』には、この他に何人ものクライアントが登場する。彼らはみなダニとデイヴィッドのケース同様に、同じひとつの信仰を胸に抱えるがゆえに生じてしまうさまざまなレベルの断層に苦しみつつ、けれどもそうしたいちいちを乗り越えるべく何度となくデートに臨む。
あるカップルは、ベーコンを食べるか否かで論争しながらも互いに惹かれ合い、また別のカップルは、互いのタトゥーを見せ合いながら(女性は指輪の下に隠された「ラブ」の文字を見せつつ、背中には13ドルで彫った格安の「ダビデの星」があると言い、男性は二の腕に絡みつくように彫られたヘブライ語かアラビア語のごとき文字を見せつつ、じつはそれが『ロード・オブ・ザ・リング』のエルフ語なのだと誇らしげに語る)互いに心を許していく。
これまでにユダヤ人コミュニティ専門の結婚仲介者として200組以上のカップルを結婚させてきたアリーザは、みずからの武器たる「ユダヤ人の智慧」が、世界中の人々の役に立つはずだと断言する。なにしろ、彼女の手にかかってしまえば、正統派(オーソドックス)のユダヤ人が重視する規律「ショマ・ネギア」(異性接触禁止)ですらも、そうした智慧の一つとなってしまうからだ。(※8)
ショマ・ネギアの利点は、相手に体を触れられたから好きになったわけではない、とはっきり分かることです。好きになったのは相手があなたの心に触れたからだと知ることは、結果に大きな違いを生むのです。(※9)
一口にユダヤ人と言っても、正統派からダニのような人まで、信仰のレベルも恋愛観も千差万別だ。そんな当り前のことを、私たちはつい忘れてしまう。
思えば、ドラマでもリアリティ番組でも、配役のダイバーシティとなると、人数の都合上「アジア系」や「ユダヤ系」に枠を一つずつ分配するといった発想になりがちだ。かの大ヒットドラマ『フレンズ』(1994-2004)にしても、ロスとモニカの兄妹は「ユダヤ系」で、ジョーイは「イタリア系」......といった具合だった。しかし、そういったとりあえずのダイバーシティは、結果的に人種や宗教や階級のステレオタイプを再生産してしまうから油断ならない。
一方で、『今ドキ!ユダヤ式婚活事情』が描き出すユダヤ文化内部のグラデーションは、あまりに差異が繊細すぎて、正直、私たちには到底理解できそうもないと思えてしまう瞬間もある。だが、一見同質に思える文化内の決定的なズレというのは、ここ日本でも、とりわけ冠婚葬祭などの場面であらわになることが多いし、そういった共同体の外の人間には気づくことのできない微視的なダイバーシティにこそ、それぞれの文化の魅力は宿っているとも言える。
一般論としてのユダヤ文化を学びつつも、そこから派生するステレオタイプをかなぐり捨て、その上で、生き生きとした差異のなかで発展を続けるさまざまなユダヤ人コミュニティのあり方への理解を深めていくこと。真の異文化理解とは、きっとそうしたいくつもの迂回の果てに成しえるものなのだろう。
アリーザが、ユダヤ人専門と言いつつも、私たち視聴者を含むあらゆる人々の導き手として魅力を放っているのは、「食べること」や「着飾ること」や「眉毛を手入れすること」といったささやかな生活の細部にこそ人生の真実が宿っていることを、彼女がちゃんと見抜いているからだ。厳格なクライアントにも、奔放なクライアントにも、いずれも柔軟に対応するアリーザのマッチメイキングは、いつの日かあの「眉毛クイーン」にふさわしい「眉毛キング」を連れてくるに違いない。
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本稿に引用されているネットフリックスからの引用は、配信されている日本語・英語字幕を参考にして、引用者が翻訳したものである。
(※1)レイモンド・P・シェインドリン『ユダヤ人の歴史』入江規夫訳、河出書房新社、2014、Kindle.
(※2)https://www.pewresearch.org/religion/2021/05/11/the-size-of-the-u-s-jewish-population/
(※3)https://www.pewresearch.org/religion/2021/05/11/race-ethnicity-heritage-and-immigration-among-u-s-jews/
(※4)https://jewishmiami.org/2024_Community_Study.pdf
(※5)『今ドキ!ユダヤ式婚活事情』エピソード1、2023.
(※6)『今ドキ!ユダヤ式婚活事情』エピソード2、2023.
(※7)『今ドキ!ユダヤ式婚活事情』エピソード5、2023.
(※8)『今ドキ!ユダヤ式婚活事情』エピソード6、2023.
(※9)同上.