ⒸPiyocchi
その麻薬、合法につき
市販薬だから、処方薬だから、まさか私たちの健康を蝕むはずがない──。そのような発想を、無知のひとことで片付けることはできない。とりわけ、重度の病気や事故による痛みに苦しむ患者が、医師から処方されたペインキラーを無批判に服用することは誰にも責められないはずだ。
だが、たとえばその処方薬が、コデインとは比較にならないほどの依存性薬物であったらどうだろう。そして、医師も薬剤師も政府機関までもがグルになり、製薬会社の言いなりになっていたらどうだろう。さらには、処方されたその薬物を、患者の家族や友人が嗜好目的で服用していたとしたら......?
1990年代半ば、アメリカの製薬会社パーデュー・ファーマ社が発売した「オキシコンチン」は、まさにそうした企みのもとに製造され、販売された処方薬であった。
がんの痛みや慢性的な疼痛に処方される麻薬性鎮痛薬「オピオイド」。かつて医療の世界では軽んじられがちであった患者の「痛み(ペイン)」に注目が集まる中、強力な鎮痛作用を持つ奇跡のオピオイドとして売り出されたオキシコンチンは、またたくまにシェアを拡大した。もちろん、その絶大な効能は決して奇跡などではなく、同薬はただ他社のものよりも有効成分の含有量が桁外れに高かっただけなのだが、パーデュー・ファーマ社は違法な広告と強引なセールス活動によって医者たちを抱き込み、投与の対象となる病名を可能な限り増やしていった。
結果、オキシコンチンは「オキシー」「田舎者のヘロイン」「デビルズ・ボール」といった異名とともに、本来ならばそれを手にするべきではない人々のあいだに流通し、そしてアメリカ社会を危機的状況に陥れた。データを見るならば、コロナ禍前夜ともいえる2019年の段階で、アメリカのオピオイド被害に関する訴訟は2000件を超えている。なかでもオキシコンチンの影響は圧倒的であったとされるのだが、それはこの商品が発売から4年のうちに、売り上げを4800万ドルから11億ドルにまで伸ばしたという事実によっても裏付けられるだろう。(※1)
2017年にニューヨーカー誌に掲載された告発リポート「痛みの帝国を築いた一族」は、アメリカにおけるオピオイド危機を以下のようにまとめている。
1999年以降、20万人のアメリカ人が、オキシコンチンをはじめとする処方されたオピオイドの過剰摂取によって死亡している。処方された鎮痛剤が欲しくても高価であるなどの理由で入手できない多くの依存者は、ヘロインに手を出している。アメリカ依存医学会によると、今日のヘロイン使用者の5人に1人は、処方された鎮痛剤がきっかけであったという。アメリカ疾病予防管理センターの最新調査では、毎日145人のアメリカ人がオピオイドの過剰摂取により命を落としている計算になる。(引用者訳)(※2)
違法薬物のゲートウェイ・ドラッグ(入口となる薬物)となり、かつまた、夥しい数のオーバードーズによる死亡事故を引き起こしてきたオキシコンチン。発売から数年のうちにアメリカの各地で乱用されることとなったこの鎮静剤について、2001年というかなり早い時期から報道を始めていたのは、ジャーナリストのバリー・マイヤーだが、その取材結果をまとめたノンフィクション『ペイン・キラー アメリカ全土を中毒の渦に突き落とす、悪魔の処方薬』(原著2003、邦訳2023)は、2018年の増補版を経て、ネットフリックスのオリジナルドラマへと翻案された。
核兵器級の麻薬「オキシコンチン」
事実にもとづきながらも大胆な脚色がなされているネットフリックス・ドラマ『ペイン・キラー』(2023)は、全6エピソードで構成されるリミテッドシリーズであり、各回の冒頭には、オキシコンチンの過剰摂取により家族を失った一般の人々による、こんな「前口上」が挿入されている。
女性 (カメラを見つめながら)この番組は現実の出来事にもとづくものです。しかしながら、特定の登場人物、名前、事件、場所、会話などは、演出上の理由からフィクションとなっています。......(言葉に一瞬つまる)......ごめんなさい......(気を取り直して)私の話はフィクションではありません。息子は、15歳のときにオキシコンチンを処方されました。息子の依存症は何年も何年も続いたんです。そして32歳のときに、息子は死にました。ガソリンスタンドの駐車場で、ひとりで凍えながら死んだんです。息子が恋しいです。(※3)
息子の写真と名前が印刷されたTシャツを着て、涙をこらえながら気丈に語る母親。その語り口からも分かるように、本作がもっとも大切にしていることは、オキシコンチン依存に陥った人々の尊厳だ。ドラマのなかでは、自動車の修理工場を営む中年男性のグレンがその代表となる。
仕事中の事故が原因で背中を損傷したグレンは、術後治療の一環としてオキシコンチンを処方される。だが、12時間毎とされた服用のルールは、すぐに耐えられないものとなっていく。
グレン 服用の間隔を、12時間に1回ではなく、もっと頻繁にできないかと思いまして。
医師 体に耐性がついてしまったんだね。まあ、よくあることだよ。
グレン そうなんです。だから8時間たって頭痛がしたり、それよりも前に痛みを感じたら、服用してもいいですかね?
医師 グレン、12時間は厳守しなくちゃだめだ。だが、もしも効き目があるのなら......
グレン 効いてるんですよ、ほんとに。
医師 それはいいことだ。では、処方する量を増やそう。40ミリグラムに上げてみようか。
グレンの妻 どうして薬を強くすることになるのかしら? 弱くして回数を上げるのではだめなの?
医師 薬というのは、そういうものじゃないんだ。オキシコンチンは、12時間持続するように作られているし、私よりもはるかに高給取りで、私よりもはるかに頭のいいFDA(アメリカ食品医薬品局)の連中が、そうしろと言っているんだよ。というわけで、私たちはそれに従うまでのことなのさ。(※4)
引用したドラマ内のやりとりは、あくまでもフィクションだ。しかし、ここにはオキシコンチン問題を理解するための3つの要素がコンパクトに提示されている。ドラマ原作の書籍『ペイン・キラー』を部分的に引用するかたちで、要点をまとめてみよう。
(1)12時間毎という服用間隔──オキシコンチンの「コンチン」は「継続的な」を意味する。「錠剤に含まれた〔活性成分である麻薬の〕オキシコドンはゆっくりと体内に放出され、一部は1時間以内に、残りはその後11時間かけて患者の血中に入」る。
(2)40ミリグラムという量──オキシコチン1錠には、10〜160ミリグラムの「オキシコドン」が含まれる。最低用量の10ミリグラムでも「それまでの薬の2倍」であるため「麻薬を武器に喩えれば、オキシコンチンは核兵器」のような威力をもっている。
(3)FDA(アメリカ食品医薬品局)の認可──高純度の麻薬であるオキシコンチンは「ゆっくり体内に放出され」ることで乱用されるリスクを回避している、といった製造元パーデュー・ファーマ社の「でたらめ」を受け入れたFDAの審査官カーティス・ライト4世は、オキシコンチン発売後に「取締役メディカル・ディレクター」としてパーデュー・ファーマ社に入社している。(※5)
ここで注目すべきは、たとえば(3)にある「でたらめ」の一言だろう。これはパーデュー・ファーマ社に引き抜かれたFDA審査官に対し、彼の元同僚が書面で放った非難の言葉であるという。書籍版によれば、「1995年の11月、オキシコンチンが医薬品として承認される1か月前」に、ダイアン・シュニッツラーというFDA審査官が、オキシコンチンの錠剤はその吸収の遅さゆえに乱用されにくいといった説明について、「でたらめだわ」と異議を唱えたのである。(※6)
お気づきのとおり、ここで「でたらめ」と訳されたのは英語の「B.S.=ブルシット」であり、まさしくそれは、この連載のCh.1(中編)にて私たちが学んだ「まったくの無意味で無価値な行為であるにもかかわらず、一定の経済的利益が生み出されてしまう」といったあの「ブルシット」に他ならない。
12時間毎に服用しているかぎり乱用はおきない──。パーデュー・ファーマ社とFDAが結託するかたちで流布されることとなったそのシンプルな「ブルシット」は、同社を経営するサックラー一族に莫大な利益をもたらし、そしてグレンのような罪のない人々の体を蝕んでいったのである。
【後編】に続く>>>
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本稿に引用されているネットフリックスからの引用は、配信されている日本語・英語字幕を参考にして、引用者が翻訳したものである。
(※1)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2622774/
(※2)https://www.newyorker.com/magazine/2017/10/30/the-family-that-built-an-empire-of-pain
(※3)ドキュメンタリー『ペイン・キラー』エピソード1、ネットフリックス、2023.
(※4)『ペイン・キラー』エピソード2.
(※5)バリー・マイヤー『ペイン・キラー アメリカ全土を中毒の渦に突き落とす、悪魔の処方薬』三木直子訳、晶文社、2023、p24、23、115-16.
(※6)マイヤー、115.