第4章 では、新人賞に投稿してみよう その1

 いきなり新人賞の話になって、びっくりしているひともいらっしゃるかと思います。
 もうちょっと発想の方法とか、構成の立て方とか、文章の鍛錬の方法とか、そんな話が聞きたかったのに、と思ってらっしゃる方は絶対にいらっしゃいますよね?
 ここが創作教室だったり、通信講座だったりして、1対1、あるいは講師と生徒の立場で向き合う関係だったら、そんな流れもありうると思います。1作1作作品を拝読したり、お茶を飲みながら、好きな作品や著者の名前や、夢の話に人生論なんて聞ける関係なら、ひとりひとりの個性に合わせて、参考になりそうなことも申し上げられるのかも知れません。
 でもこうして、画面を通して、不特定多数のみなさんに語る立場ですと、ひとりひとりの想いはわからず、作品も拝読できず、姿も表情も見えません。
 なので、最大公約数的な、およそたいていのひとには参考になるようなことをーーなるべく毒にならないようなことを、書いていくしかないのです。

 そういう訳で、わたしはみなさんに、新人賞に投稿することをお勧めします。ーー正確にいうと、新人賞に投稿するための作品を書き始め、それを完成させ、投稿し、また新しい作品を書いて、投稿を繰り返す生活に入ることを、お勧めします。そういう生活をすでに送っている人には、よし、がんばって続けましょう、と、肩を叩きたい。
 それが結局は、作家への道だと思うからです。子どもの本の作家になるには、以前述べたとおり、いくつかの方法が(可能性としては)ありますが、現時点でいちばん平等で、王道な道は、昔ながらの新人賞に投稿する方法だと思います。
 そういうわけで、作家志望のみなさんは、頑張ってください、と、背中を押し、手を振って、この道に送り出したいです。
 なかなかもってシビアな、辛い旅路になるかも知れない道ですが。
 旅の長さもわからず、楽な旅かそうでないかも、足を踏み出すまではわからず、なんなら、旅が終わり、目的地に辿り着くまで、どんな旅になるかわからないような、そんな試練の旅ですけれど。
 暗い話をするならば、旅路の果てに力尽きることも、目的地を見失うこともあるだろう旅ですが。見えないだけで、あちらにもこちらにもうずくまっている旅人や、なれの果ての亡骸が転がっているような旅路でもあります。
 でも、RPGと同じで、始まりの村から旅立たないと、主人公は永遠にそのままなんですよね。そこから始まる長い試練の旅の、その先にある、何より望んだ夢の実現も、欲しかった栄光も、得ることはできないのです。

 まあ、新人賞、どのみち、初の投稿で受賞できることはまずないです。その代わり、たとえば第一次選考で落選したからといって、永遠に駄目な人間だと決まるわけではありません。どんなに努力しようと無駄な人間だと烙印を押されることもありません。
 だから、気軽な気持ちで、その時点での実力を測ってもらうために、みたいな気分で、投稿を始めてみませんか?
 わたしも投稿生活からのデビューでしたが、宝くじよりは分がいいよな、と思いながら、投稿を繰り返していました。
 それくらいの気持ちで、あまり必死にならず(しかし作品は1作1作真剣に書いて)、投稿をし続けるのが正解だと思います。
 ちなみに、わたしの場合、学生時代、19歳の時の最初の投稿でうっかり最終選考まで残ってしまい、なんだ思ってたより作家になるって簡単かも、と考えたはずが、大きな賞をいただくまで、実に10年かかりました。
 ぎりぎり20代で新人賞を受賞して、初出版の時は30代に入っていたんじゃなかったかしら。文字通りの苦節10年だな、と当時感慨にふけったものです。
 投稿の繰り返しの日々の中で出会った、著者の先生方や、出版社の編集さんたちに、あなたには才能があると認められ、だから諦めず頑張るようにと励まされ、それでも10年です。
 いつもすぐにデビューできそうだったのに、なかなか旅は終わりませんでした。
 まあ、そんなこともありますよ。
 気楽に気長に、投稿を続けましょう。宝くじよりあたる確率は高いはず、と信じながら。

 でも、あなたはわたしより才能があり、運にも恵まれて、もっと早く受賞し、本が出るかも知れません。ピクニックくらいの短距離の旅で終わるかも。
 そして、もし結果的に(わたしのように)長い旅路になったとしても、今度こそ、と思いながら投稿するその繰り返しのうちに、けっこうすぐに年月はたつものですよ。

 何しろわたしもそうでした。
 10年って、あとで振り返ると長い年月がかかったものだと思いますが、体感としては、あっという間でした。むしろ、いつも時間に追われていたような気がします。
 わたしの場合、学生生活を送りながら投稿し、卒業してからは、地元に就職先がなかったこともあって、アルバイトしながら作品を書き続けました。当時、存命だった父に頭を下げて、頑張らせてください、と頭を下げて頼んだことも、いまとなってはいい思い出です。我が家の場合、父も作家志望でしたので、許してもらえました。
 とても幸運だったと思います。

 当時を振り返ってみて、先が見えないことはさすがに辛かったですが、いろんな賞の〆切りに合わせて物語を書き上げ、完成させて投稿し、結果発表を待つ日々そのものは楽しかったです。特に当時は、新人賞の数も多く、ひとつの賞の発表を待たず、次の賞、そのまた次の賞、と作品を書き続け、投稿し続けていたので、ずっと走りながら夢をみていたような、そんな日々だったように思います。
 今度こそ、この作品ならば受賞して、夢が叶うかも知れないと思いながら、投稿し続ける日々は、充実していたなあと思います。
 プロになったいまももちろん、作品を書き続ける日々を生きているのですが、目の前の原稿が活字になるのが日常になってしまったので、あの頃の、きらきらと夢をみていた日々が懐かしくなることもあります。
 あの頃、賞の結果発表を待つのが楽しくて。雑誌や新聞に結果が載るより前に、上の方まで残っていたり、受賞していたりするときは、事前に葉書や電話で連絡があるので、結果発表の日が近づくと、それが来ないかとどきどきして待っていたりしました。
 いつまでも何も来なくて、そうこうするうちに結果発表の日になって、落選を知ったりするんですが、まあ、それはそれで、気分を切り替えて次の作品に賭けるのです。
 あの頃が懐かしくて、そのあまり、名前を隠してどこかの新人賞にこっそり投稿しようかな、とたまに思うことがあります。
 当時投稿しなかった、ミステリやホラーの新人賞に投稿してみたくて。一度くらい、出してみたかったんですよね。
 現時点での自分の書くもののレベルを知りたい、という思いもあります。キャリアを伏せた上で、作品そのもののレベルを知りたいというか。
 まあ結局は仕事が忙しく、新人賞に投稿するための作品を用意する時間がとれないので、投稿を妄想するだけで終わるのですが。
 それくらい、あの10年の日々は楽しかったのです。大変でも、先が見えなくても。

 そして、あの日々でわたしはたぶん、書くことに於いて、レベルが上がりました。
 作品を書き上げることに慣れ、〆切りに合わせて作品を書き上げることに慣れ、その枚数の作品を書くのにどれくらいの時間がかかるのか把握できるようになりました。
 希望を持つことと、落胆することの繰り返しのうちに、精神的にも鍛えられたと思います。ひとつの作品がどんなに気に入っていても、結果が悪ければ諦め(少なくともその時点では諦めて)、執着せずに、次の作品へと気分を切り替えていくことにも慣れました。

 その全てが、いまプロの作家としての日々で役に立っているので、あの10年はわたしにとって必要な、大切な日々でした。
 もしいま、神様のような存在が訪れて、
「時を巻き戻して、もっと若いうちにデビューできるようにしてあげよう」
 といってくださったとしても、わたしは感謝して遠慮させていただくと思います。

 あの頃は、ワープロ専用機が家庭に入るか入らないかの過渡期にあたり、わたしはコクヨの原稿用紙に手書きで作品を書いて投稿していました。
 アマチュア時代の最後の頃は、下書きをワープロで書き、原稿用紙に清書して投稿していたと思います。(その時代が長かったので、いまも原稿の量を量るときは、四百字詰めに換算しないと体感でわからないのです)。
 あの日々も、気がつけば、もう30年くらいも前の話になるのですね。
 当時書いていた作品のうち、実はそのうちのいくつかは、デビューした後に各社の担当編集者に渡して、活字にしてもらいました。
 つまり、投稿し続けていた、特に最後の方に書いた作品群は、もうプロとして通用するレベルのものが書けていた、ということです。
 ではなぜ、当時、それぞれの作品でデビューできていなかったかというと、新人賞には運の要素も強いので、投稿された作品のレベルの高さだけでは、未来が切り開けないことも、往々にしてあるのです。
(なので、作家になりたいひとは、投稿し続ける勇気ーー何回でも扉を叩き続ける根気と、いつかどこかに自分のために用意された扉があると信じ、諦めない心の強さが必要になるのでした。いつどこにあなたのために開く扉があるかわからないからです。そんな扉は存在しないかも知れないと時に怯えながら、でも叩き続けないと、運命の扉は開かないからです)

 一方で、わたしには、手元に置いたまま、活字にしなかった作品群もあります。一応は編集者に読んで貰い、活字にしましょうと提案されたものの、思案した末、やはりやめることにした、思い入れのある大作も。たぶんもう永遠に、世には出さないと思います。
 活字にしなかった作品たちは、デビュー前のわたしにとっては、それぞれ想いを込め、魂を込めた、こんな作品2度と書けない、と自負があり、愛着もあった作品でした。
 けれどーーそれから時が経ち、腕が上がり、新人賞を受賞した後のわたしには、それぞれの作品に及第点が出せなかったのです。むしろ、この作品たちで受賞してプロにならなくて良かった、とさえ思いました。
 どんなに好きで、可愛い作品たちでも、そう思って、さよならすることにしたのです。

 あの10年の日々がなければ、そんな判断はできなかったでしょう。
 だから、あの日々には意味があった、けっして無駄ではなかったと心から思うのです。

 だから、あなたにも投稿を始めて欲しい、続けて欲しい、と思うのです。
 それが長い旅になるかも知れないとわかっていても。

【次回最終回に続く】







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