番外編 作家の仕事の流れ

 さて、この連載、次からは新人賞に向けての話に向かう予定なのですが、この辺りで一度、実際の作家の仕事の流れについて、ごく簡単にですが、書いておこうと思います。

 わたしの場合、ということですが、多少の違いはあっても、おおまかなところでは、他の著者と重なる部分が多いと思います。

 基本的には、出版社からの原稿の依頼があり、多くは打ち合わせを経て後、作品を書き始めます。といっても、依頼があってすぐ書き始めるのではなく、大概、その時点で手元に抱えている進行中や準備中の仕事があるものなので、いくつかの仕事を終わらせたり、それぞれの切りの良いところから着手することになります。
 原稿の内容や枚数にも寄りますが、だいたいは〆切りが設定されていますので、それにあわせて書いてゆきます。
 その原稿の執筆に専念、ということはなく、他の仕事や先の仕事の打ち合わせも途中で重なるので、同時進行になります。いろいろな仕事が同時に進行していっている感じでしょうか。わたしは専業作家で、書くことだけを生業にしていますが、その分、仕事をたくさん引き受けています。これで人間と猫が食べていかねばならず、仕事用に借りている部屋の家賃や税金その他も払っていますので。

 複数の原稿を同時に書くときは、ひとつふたつの章を書き終わってから、いったんお休みにして、他の仕事の原稿を書くとか、とりあえずラストまで完成させて担当編集者に渡してから、ゲラになって戻ってくるまでの間に、次の仕事の原稿を進めておくとか、手帳を睨みながら、なんとかスケジュールをやりくりしています。
 思えば時間のやりくりにはいつも気を遣っていて、ぼんやりしているときは、仕事の手順を考えているか、テトリスのように空いた時間に何が組み込めるか考えていたりします。そういうのも苦痛ではないというか、一種の趣味かも知れません。

 原稿に着手する前に、ある程度の枚数以上の作品の場合は、その物語の全体の構成やテーマなどについて、ざっとテキストファイルにまとめます。自分のための覚え書きであり、担当編集者に渡すためでもあります。
 梗概+αみたいなものですが、これは打ち合わせをする前にできていることもあり、打ち合わせをしているうちに、その場でいい感じでお話や登場人物、全体のイメージなどを思いついて、あとでそれを文字にしてまとめたりもします。
 文章にまとめるときは、これを担当編集者が仕事で使うかも知れない(会議に出るとき参考にしたり、内容を他者に説明するときに参考にしたりとか)と考えて書きます。
 そうでなくても、原稿が目指していることを、なるべく共有しておきたいので。わたしの脳の中にだけあるイメージを、言葉ではなく文字にして、渡しておきたいのですね。
 原稿を書き上げる前に、先方に少しでも安心していて欲しいし、事前に盛り上がっておきたい、というのもあります。
 なので、映画の予告編みたいな、かっこいい文体でまとめることもあります。
 この梗概をまとめたときのやりとりで、担当編集者との相性がわかったりもします。梗概の段階の物語をはさんで、完成した作品の姿を想像して、一緒に盛り上がれる編集者との仕事では、良い作品が完成することが多いです。
 ここで芳しい反応がなかったり、先方が迷ったり、意見したりしてくると、仕事が迷走することもあります。その原稿はなんとか完成しても、その編集者とは縁が切れたりすることも。こればかりはしょうがないです。どちらが悪いということもない。
 単語やわずかな台詞や、舞台のイメージや、そんなものをまとめた梗概を間に置いて、ひとつの幻想を共有できる相性、というものがあるのだと思います。

 中編くらい(40枚から80枚くらいかな)の短めの枚数の作品の場合は、自分が書いた梗概の文章を一太郎(わたしは一太郎とATOKで原稿を書きます)の画面に貼り付けて、その文章の隙間を埋めていくような書き方で書き上げてしまうこともあります。
 もう少し長い作品の場合は(だいたいがこの形になりますが)、原稿を書いている一太郎の画面の横に、メモ帳の画面に貼り付けた梗概を置いて、それを見ながら書いてゆきます。
 メモ帳には、その都度思いついた事柄や文章を文字通りメモするように書き込んだりもできるので、便利です。コピー・アンド・ペーストで時系列に沿ってまとめるようなこともできますし。
 パソコンで書くようになってから、ずっとお世話になっています、ありがとうメモ帳。
 それと忘れてはいけない、ありがとう、一太郎、そしてATOK。日本語で物語を書く以上、これなしでは書けません。

 さて、この梗概ですが、そういうものをまとめず、そもそも物語の先をあえて考えないで書き始める書き方もあります。
 長編(100枚以上くらいから上でしょうか)から大長編くらいの長さがある原稿だと、この書き方でも書けると思います。わたしもデビュー前は、何作かこのやり方で書いてみました。
 正直、作者も楽しめる書き方だと思います。途中物語に無駄が出たり、キャラクターが変わってしまうこともあるかも知れませんが、うまく書けているときの、一緒に物語世界の中を生きているようなドライブ感と、物語が生き生きと動き出したときの楽しさ、思わぬ展開や真実が見えてきたときのわくわくする感じなどーーこうして思い出していても、楽しかったな、と思います。
 プロの作家でも、この書き方で書いている方はいらっしゃったと思います。
 わたし自身は、そのやり方を何度か試した後、結局は、事前に梗概をまとめる書き方で書いています。わたしの場合は、事前に物語の展開がわかっていて、書きながら細かい部分を考えて書き込んでいったり、演出をくわえていく方が、完成度の高い原稿になると判断したからです。また思いつくままに書いていくやり方ですと、完成後の枚数を想定するのがわたしには難しいので、プロとして依頼をこなして行くにはいまひとつ向かない書き方だと考えました。
 でもこれは、ほんとうにひとによると思います。事前に物語の先がわかっていると、飽きてしまって書けなくなるひともいますので。その気持ちもわかるのです。

 話を少し戻します。
 梗概をまとめた前後から、必要ならば下調べをしたり、資料のための本を買い込んだり、図書館に行ったりします。取材にも行きますし、執筆中の雰囲気作りのためにいいような音楽を買い込んだりもします。
 きちんと勉強をするだけの時間がたりないときは、本だけを揃えて、原稿を書きながら後追いで調べていくこともあります。

 原稿の内容によっては、取材や勉強なしで描き始めることもありますし、子どもの本の仕事だと、求められている枚数がとても短かったりすることもあるので、ストーリーを思いついたら、数日でさっと書き上げてしまうこともあります。
 わたしの場合、短編(原稿用紙換算で30枚以下くらい。いまどきは直感的に字数で把握できる方も多いようですが、古い世代ですので、いまでも400字詰めに換算しないと量が把握できないですね)でゆとりを持って2日くらいでしょうか。20代の頃はストーリーを考えるところから書き上げるまで丸1日で書けたものですが、いまはあれをできるかどうか、ちょっと自信がありません。

 短編や中編の場合は、原稿が完全に書き上がってから、メールに添付の形で担当編集者に送ります。長編の場合は、書きあがる都度(ひとつの章が終わるごとにとか、何章かまとめてとか)送ることもあります。これは特にスケジュールギリギリの時、ちゃんと書き進めていますよ、こんな感じですよ、と、先方に安心してもらうために送ることが多いですが、そのたびにうまい、さすが、と褒めてもらえるものなので、こちらも安心します。
 めでたく原稿が完成して、担当編集者にいったん通して読んで貰った後(さらにその上の上司や編集長まで原稿が回っていくこともあります)、原稿はゲラ(本になる前に、いったん同じ字組で紙に印刷したもの)になるために手元をいったん離れます。手元に返ってくるのは2週間後くらいでしょうか? その仕事の急ぎ具合その他によって、日数に違いが出ると思います。著者にはしばしの休憩時間が訪れますが、大概半日くらいの休みで、次の仕事やその準備に移ったりしますね。
 原稿に校正や校閲が入るのは、ゲラが出てからになります。戻ってきたゲラに疑問点が鉛筆で書き込まれて返ってくるので、それを見ながら、こちらは1週間くらいかけて赤で訂正してゆきます。鉛筆が入っているところだけではなく、こちらのミスや言葉が足りないところなども、この時点で直していきます。
 万年筆に赤のインクを入れて使うと読みやすく書けますが、急いでいたり気力がなかったりすると、コンビニで赤のボールペンを買ってしまうことも。最近は忙しさにその辺手抜き気味なので、また万年筆に戻りたいです。
 あまり良いことではないと思うのですが、あまりにもたくさん書き込むときは、その部分をパソコンで書いて、担当編集者にメールで送ったりもします。
 本にあとがきがあるときは、この初校のチェックの〆切りと同じタイミングで設定されていたりします。初校を返すのと同時にあとがきを書いて送る感じでしょうか。
 子どもの本だと、ゲラの段階で(この次の再校くらいからかな)、挿絵のイラストが入ってきたりするので、テンションが上がりますし、楽しいですね。

 ゲラは、初校、再校、と普通2回やって来ますが、たくさん手直ししたときなどは、念のためにと三校(あるいは念校)まで返ってきます。
 念校になると、最近では、物理的にやりとりする時間がもったいないので、PDFファイルでやりとりすることも増えました。わたしはiPad Proで確認します。アプリはMetaMoJi Noteを愛用しています。

 そして、校了した物語はやがて本となり、インクの匂いのする見本となって手元に戻ってきます。念校が出た後、十数日後くらいでしょうか。もう少しかかるかも知れません。完成した見本は、もう書店に並ぶ本と同じです。送られてきたそれを見て、同封されている編集者の手紙を読んで、しみじみと完成の喜びを噛みしめます。

 ざっと書きましたが、著者から見ると、だいたいこういう流れで、一冊の本が完成します。

【第4章に続く】





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