第3章 物語の書き方、あるいは、夢は叶わないこともある、という話 その3

 さて、前回ラストに予告したとおり、「何も思いつかない。だけど小説を書いてみたい」と憧れるひとのために、もしかしたらヒントになるかも知れないことを書きます。これはいま子どもで、作家志望のみなさんには特に、参考になることかも知れません。
 いま子どもで、と、特に一言付け加えたのは、時間がかかることでもあり、やはり子どもの方が有利かなと思うからです。
 物語を、特に子ども向けのそれを書けるようになる方法には、近道はないとわたしは思っています。だいたい、すぐに書ける方法があるとしたら、みんなそのやり方で書いているじゃないですか?

 物語を書くというのは、自分の中にある、物語を構成するための要素=パーツを組み合わせ、それでひとつの首飾りのような物を作り上げてゆく作業だとわたしは思っています。
 そのパーツは、ふと心に浮かんだ、いくつものイメージだったり、情景や風景、台詞や誰かの表情だったりします。自分にとって大事な人生のテーマだったり、世の中にいいたいことだったりもします。故郷の思い出や、幼なじみとの小さな冒険の記憶だったりもするでしょう。好きな曲だったり、昔の詩だったり、1枚の絵だったりすることもあるでしょう。お気に入りのゲームの、かっこいいキャラクターのイメージだったりするかも知れない。
 それは生きていく上で、日々、無意識のうちに心の中に蓄えられてゆくものです。このいくつもの小さな欠片が気づかぬうちに、あるいは意識的にかたちを変えて、作品を構成する要素になります。物語を書くことに長けているひとは、このパーツをたくさん蓄えているひとであることが多いだろうと思います。ーー首飾りを作るのと同じ作業なのですから、それは手元のパーツ、きれいなビーズや金属、宝石の種類や数が多い方が、凝った構成や無理のない物語を書き上げることができるだろうと想像がつくと思います。
 物語を書きたいけど書けない、書こうとしても行き詰まる、というひとは、この心の中のパーツの在庫がたりていない、ということが多いように思います。そりゃそうです。材料がなければ、何も作れないですよね。

 では、パーツの在庫がないとき、どうするか。
 それは仕入れるのです。
 あなたが大人の場合、いちばん早いのはやはり、既存の本を読むことです。子どもの本を書きたいあなたなら、子どもの本をたくさん読みましょう。勉強や研究をかねつつ、無数の物語のパーツが手にはいると思います。仕入れるんだ、と意識しなくても、楽しく読書するうちに、記憶の中にいろんな要素が増えていくだろうと思います。
 それでなくても、文字を目で追ううちに、自分の中の書きたい気持ちが刺激されて、書きたくなってくることも多いものです。書き始めてそこでつっかえたらまた読書に戻るのも良いでしょう。
 もちろん、子どものための本だけでなく、ライトノベルや大人向けの小説を読んだり、アニメや映画を見たりすることも推奨したいです。
 たぶん、何かを食べる行為に似ていると思います。あなたがいままで食べてきた物があなたのからだを作るように、既存の作品を構成する無数のパーツを心の内に取り入れて、新しい作品として再構成してゆくのです。

 他のひとの書いたものを読むことで、そのひとの影響を受けてしまうのでは、とか、盗作のようになってしまうのでは、と思うひともいるかも知れません。誠実で慎重な考え方だと思います。
 でも個人的には盗作は、故意に似せようと思わない限りは、できないものではないかと思っています。無意識のうちに似てしまった、影響を受けてしまった、レベルの類似作でしたら、世間にはたくさんありますし、法律的に問題になることもありません。そしてそのレベルの類似でしたら、書き上がってから手直しすることもできるものです。
 まずは安心して、作品を書き上げてみましょう。

 あなたが子どもの場合、物語がうまく書けないのは、やはりパーツが足りていないから、であることが多いのですが、ひととして生まれてきて、まだ年数がたっていないので、当たり前なところもあります。大人になるまでに心の中のパーツを増やしましょう。
 それってつまり、心を豊かにしましょう、ということです。たくさんの経験をして、笑ったり泣いたりもして、心を育てましょう。また自分の心と対話して、いま自分が考えていることに耳を傾ける癖をつけましょう。
 物語を書くとは、自分の言葉で語ること。声高に叫ぶのではなくても、作品の中でどこかにあなたの心の内からでた、作り物でない感情がこもっていたら、その言葉は読んでくれるひとに届き、その作品は読者にとって、忘れがたい1作になると思います。借り物でない言葉には、真実だけが持つ光や強さがあるのです。
 そのためには、毎日暮らしていきながら、いろんなことに目をとどめ、考えてゆく癖を付けましょう。自分の中にあるいろんな感情をてのひらに乗せるように眺め、分析する癖を付けましょう。わたしはいまどんなことを感じているのか、それはなぜなのか。その感情を文章で言い表す習慣が付けば、もっといい感じです。日記に付けておくとあとで読み返せて便利だったりします。読み物としても面白いですよ。日記は物語を思いついたときにメモするにも向いているので、子どものうちから習慣をつけることをお勧めしたいです。
 それから、世の中に興味を持ち、世界のいろんなことに目を向けましょう。テレビのニュース番組を家族と見るのも大切なことです。できれば紙の新聞も読みましょう。読めるところだけでもいいです。
 学校の勉強も大事です。教科書に書いてあることには、あなたがいまの時代にこの星のこの国で生きるひとりの人間として、知っているべきであること、その学問の基礎がたくさん詰まっています。受け継ぐべき人類の資産の一部であるといえます。勉強はテストや受験のためにすることではありません。
 もちろん、同じ内容を独学で学ぶこともできますが、学校で覚えた方が早くて楽なことも多いものです。
 そして心を豊かにするには、楽しんだり、遊ぶことも必要です。勉強と同じくらい、必要なのです。たくさんの本を読み、漫画を読み、アニメや映画を見て、ゲームをして。友達や家族と遊んだり。旅行に行ったり、お買い物をしたり。犬や猫などの動物とふれあうことも、大切な経験になると思います。彼らは人間の言葉は話せないけれど、数え切れないほどの大切なことを、あなたに教えてくれるでしょう。
 子どもの頃に、心が震えるような経験をたくさん積めるといいですね。
 一方で、もしあなたが何らかの事情があって寂しい、悲しいことが多い子どもなら、あなたの中の寂しさや孤独を抱きしめて、心にとどめておきましょう。幸せに憧れる気持ちを覚えておきましょう。そのことはきっと、あなたの心を豊かにします。いつかあなたが物語を書いたとき、世界の誰も持たない、あなただけの宝石として輝くパーツになると思います。

 さて。
 あなたがもし、作家になりたいけれど、物語を何も思いつかず、その上、今回書いてきたようなことがめんどくさい、と思うひとの場合。
 やっぱりちょっと、この仕事は向いていないのでは、と思わなくもありません。
 そもそも、物語を書くこと、他者の作り上げた作品を楽しむこと、これができないひとは、やはり物を書いて生きていく職業には適正がないんじゃないかな、とーー冷たいようですが、思います。

 子どものうちは、たくさんの夢を見るのもいいかと思います。またわたしが上に書いたようなことを実行しながら大人になれば、もし作家になれなくても(あるいは違う夢を持つようになっても)、何らかの世界で新しい夢を実現し、幸せになれるだろうと思います。
 けれど、大人の場合は、適正のない夢を見れば、叶わないこともある、という覚悟は持っていた方がいいと思います。夢を持つには心のゆとりや余裕が必要だ、と言い換えることもできるかも知れません。
 その夢が叶わなかったとしても、自分を笑って許せる程度の心や、何より生活のゆとりはあるか。考えてみてください。
 その上で、夢を追いかけられるのなら、それはそれで素敵な、良い人生のような気もします。

【番外編に続く】





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