さて、子どものための物語を書きたい、できればそれを形にしたい(=本として出版したい)という希望があって、でも、具体的にはどういう物を書いたらいいのかわからない、あなた。
そもそも、児童文学、子どものための読み物とは、どういうものなのか。どういう読み物を、小説を、そう呼ぶのかーー。
それに迷ったら、まずは、本屋さんに出かけてみましょう。できればそこそこ大きくて、お店の一角に、子どもの本のコーナーがあるような、町の本屋さんです。
「わかった、書店員さんたちに教えてもらえばいいんですね?」
と思った人は半分正解です。
お店の人に直接聞かなくても、売り場を見渡して、扱いが大きいような本があれば、注目してみてください。
売れている本や話題の本、子どもたちに人気がある本を探してみましょう。ーー当たり前のような話ですが、そういう本は、いま現在の日本で、子どものための本の王道をいっている本です。
まずはそのものずばり、『大人気』『いまとても売れています』なんてPOPがつけてある本はほんとうに売れていて、子どもたちに人気があります。表紙やタイトルを見るだけで、何らかの参考になったり、いまの子どもの本の世界の空気にふれるような気分になったりすると思います。
棚の前の台の上にたくさん積んであったり、華やかな飾りのある紙の台(販売台といいます。出版社が用意して、これに載せて売ってください、と、本屋さんに送ります)に載せてあったりする本も売れています。あるいは、内容が良かったり、出版社や本屋さんに、売れそうだと期待されている本たちです。
中でも、たくさん平積みされている上に、書店員さんの手書きのPOPや、かわいい造花、手作りのお人形が添えてあるような本があれば、それは間違いなく売れている本、あるいはその本屋さんのスタッフに特別に愛され、プッシュされている本です。
つまりはその本に何らかの良さや魅力があって、この本を子どもたちに読んで欲しい、と、子どもの本の目利きである、子どもの本担当の書店員さんが、お客様に向けてアピールしている本だということです。
そういう本を手にしてみましょう。
参考になりそうだ、面白そうだ、と思ったら、できればそのままレジに持って行き、買って帰ってください。子どもの本の作家になりたい人は、ここで、タイトルだけ覚えて、図書館で借りてただで済ませようとか、メルカリやブックオフで探そうとか、そういうみみっちいことを考えてはいけません。
何より、これから自分がその業界に入りたいという希望がある世界の出版物を書店で買わないというのは、やはりちょっとずるしているというか、かっこ悪いと思います。
この業界も本屋さんも、いまあまり豊かな状態ではないので、自分が買うこの1冊が業界の未来を支えるささやかな1冊になるかも知れない、それくらいの気持ちでお買い上げいただけたら、と思います。これから自分が属することになるかも知れない世界を、自分が主体的に支えていく、そんな気概って、夢が叶って作家になった後も大切だと思うのです。
(といっても、もしあなたがまだ子どもや学生でお小遣いが少ししかなかったり、大人でも金銭的に困っている状態のときは、なるべく負担のないようにするのもありだと思います。夢の実現のためとはいえ、たとえば食費を削ってまで本を買うのは、辛いですよね)
さて、ここで、念のために一言。
概して書店員さんたちは忙しく、店内を早足で移動したり、レジの中で脇目も振らず働いたりしているものなので、それを捕まえて、
「いま、人気のある子どもの本はどれですか?」
とか、
「子どものための本を書きたいんですが、参考になる本はどれでしょう?」
なんて、直接聞くのはやめにしておきましょう。ーーていうか、それだけはやめておいてね、と、これはわたしからのお願いです。
でも、書店員さんたちは、みんな本が好きで、特に自分の専門分野の本のことは、いくらだってお話ししたい人もいます。
なので、もし、どこかで忙しそうでない書店員さんとお話しする機会があれば、教えてもらうのもいいかも知れませんね。
あるいは、リアルな場所でなくても、たとえばTwitterのハッシュタグを使って、書店員さんあてに、そんな質問を投げかけてみたら、タイミングによっては、誰かが見つけて、答えてくれるかも知れません。
もうひとつ、念のために一言。
子どもの本に関することなら、町の本屋さんではなく、子どもの本専門のお店、絵本や児童書の専門店に足を運ぶのがいいのでは、と考えた方もいると思います。
それも一理ありますし、もし近くに専門店があれば、ぜひ行ってみて欲しいとも思います。でもその場合は、あわせて町の本屋さんものぞいて欲しいのです。
専門店は、セレクトショップのようなものなので、ロングセラーの良書は並んでいても、リアルタイムで子どもに人気がある本があるかどうかは、お店の人次第、ちょっとわからないところがあります(もちろん、どちらも押さえているお店はちゃんとあります)。
そういうお店にありそうな本ーーときを越えて残った良書の数々や、海外のベストセラーや受賞作は、もちろん素晴らしいですし、わたしも好きですが、リアルタイムで、いまの子どもたちに手渡す本を書きたいと思うときは、やや参考にはならないかな、と思います。
といっても、すでに子どものために何をどう書けばいいか身についている書き手や、子どもの本について、もっと広く深く学びたいと望む人があれば、ぜひ幅広く、いろんな本を読んで欲しいとも思います。
そんなとき、子どもの本の専門店や、そのお店のスタッフのみなさんは、心強い味方になってくれるでしょう。街の書店にはもしかしたらないような、売れ筋でなく、しかし内容が素晴らしい、知る人ぞ知るような本のタイトルを教えてもらえるかも知れません。
そして、売れ筋の本だけでなく、様々な幅広い子どもの本を読みたい、学びたいと思うとき、いちばん力になってくれるのは、おそらく、図書館の司書さんたちです。あの人たちは、古今東西の本に詳しく、あらゆる本を探しだすプロなのです。
こう書くと、
「本を探すプロは書店員さんなのでは?」
と首をかしげる人もいるかと思います。
ところが実は、書店員さんが詳しく、その情報に強いのは、主として、いまも生きている本、流通に載っている本、なのです。
絶版になった本や、過去の忘れられた本になると、探すのはほぼ不可能に近づいてゆきます。また、曖昧な情報や、今回例に挙げたような質問ふたつのうちーー
「いま、人気のある子どもの本はどれですか?」
は、書店員さんがもちろん詳しいですが、
「子どものための本を書きたいんですが、参考になる本はどれでしょう?」
のように、漠然とした質問の場合。
そういう本を探すための技術と、必要な時間を持っているのは、圧倒的に司書さんです。
そういうサービスを、ずばりレファレンスと呼びます。図書館のサービスのひとつです。
司書さんたちは、たとえば、物語を書く上でも、参考になりそうな本を一緒に探してくれたりします。ありがたい存在です。
ここまで読んできて、
「人気がある本を読んだり、参考にするのは気が進まないなあ」
と、思う人もいるかも知れません。
でも、参考にするというのは、既存の本を真似する、という意味ではありません。こんな感じとジャンルと展開とキャラクターを書けばいいんだな、と、なぞればいいというものでもありません。
どんな内容で、どんな言葉や文章表現を使って書かれたものが、いま現在、子どもの本として人気があるか=子どもに多く読まれているか、ということを読み取るためです。読者の対象年齢による、物語のボリュームの違いなども参考になるでしょう。
また、いずれどこかで、あなたは子どもの本の編集者や、作家や、創作講座の講師など、子どもの本の世界の人と出会うかも知れない。そんなときに、既存の人気作のタイトルや著者の名前を共通の知識として知っていれば、話も弾みますし、いろんな説明が早くすむこともあります。ーー少なくともわたしは、若い頃、自分が持っていた子どもの本に関する知識が邪魔になることはなかったです。
最後に。
「いや、既存の子どもの本はどうでもいい。売れ筋の本にも興味はない。わたしは、誰も書いたことのない、新しい世界、新しい、子どものための本、物語を書いてみたいんだし」
うん。実際の話、それで良い物が書ける人もいます。自分が知らないジャンルの作品でも、才能があれば、いきなり書けてしまうことがあるのも文学の不思議です。作品のできが良ければ、多少規格外でも本になったり、ベストセラーになってしまったりもします。
けれどもし、何を書けばいいのか道に迷ったり、これでいいのかな、と途方に暮れたりしたときは、王道に立ち返るのもありだと思いますしーー自分が飛び込みたいと思っている子どもの本の世界をのぞいてみるのも悪くないんじゃないかな、と思いますよ。
村山早紀+げみ『約束の猫』
村山早紀+げみ『トロイメライ』
村山早紀+げみ『春の旅人』