本に救われ、本から人生の指針をも受け取りました 中島泰成インタビュー
書籍『プロの代筆屋による心を動かす魔法の文章術[増補改訂版]』は、それまで存在しなかった「プロの代筆屋」が明かしたテクニック集ということで、大きな話題となっています。難しい文法などの話ではなく、ここで語られているのは「人の心を動かす」文章術。「人の心を動かす」ということで、これもやはりエンターテインメントの一部と言えるでしょう。そして本書を著した中島泰成さんは現在フィリピン在住とのこと。なぜ彼は代筆屋を目指したのか、そしてなぜいまフィリピンに住んでいるのか。じっくり、語っていただきました!
文章で他人の人生を変えられる。こんな仕事があるんだ
——中島さんは現在代筆屋として活動されていますが、まずは代筆屋とはどういった職業なのでしょう?
中島 代筆屋とは、文章を考案する仕事です。ゴーストライターと言うとイメージは良くないかもしれませんが、それに近いです。たとえば、好きな人がいるとしますよね。その人に想いを伝えたいけれど、どうやって想いを伝えていいかがわからない。好きですという想いを、依頼者の代わりに、相手の心を動かす文章に変えるのが代筆屋の仕事です。よく勘違いされるんですが、落語に出てくるような清書をする代書屋とは違います。本書にも書いてますが、僕は字が下手なので清書はできません。
——代筆屋の顧客となるのはどんな方々で、どういう依頼が多いですか?
中島 顧客になる方は、千差万別と言うか、本当に幅が広いです。年齢でいうと、10代から70代まで。男性と女性の比率は、半々と言ったところでしょうか。依頼内容も多岐に渡っていますが、多いのは、恋を伝える恋文、結婚しようのプロポーズ、謝りたいときの謝罪の手紙、よりを戻したい復縁の手紙、結婚式の花嫁の手紙、といったところですね。興味深いというか、印象的だったのは、亡くなられた先生の想いを生徒に向ける言葉として代筆してほしいという難しい案件もありましたね。
——行政書士の資格もお持ちということですが、仕事として代筆屋を選んだ理由は?
中島 恥ずかしい話なんですけど、行政書士になったころ全く仕事がなくて、金はないけど時間はある、で、本屋さんをブラブラしてたんです。そのとき偶然見つけた本が、辻仁成さんの小説『代筆屋』でした。なんだか気になって、本を買って一気に読みました。仕事がない時期だったので余計に感情移入してしまったのかもしれません。涙がとまりませんでした。文章で他人の人生を変えられる。こんな仕事があるんだと思い。僕も辻さんのように、人の役に立てる代筆屋になりたい。それがきっかけです。後から知ったんですけど、小説『代筆屋』はあくまで小説で、実話ではないという話でした。ちょっと、ショックでしたけど。でも、結果オーライ、人生とはわからないものですね。
——武田泰淳には代書屋を主人公にした「蝮のすゑ」という作品がありますが、中島さんは辻仁成の作品を読んで代筆屋になられた。しかも、実在しない職業を生業にしてしまったというのがすごいですね。「本屋さんをブラブラしてた」ということですが、やはり本はお好きなのですか?
中島 行政書士は漫画「カバチたれ」、代筆屋は小説「代筆屋」を読んだことがきっかけです。作家を目指したのも村上春樹さんの「はじめての文学」を読んだことからです。僕は本に救われ、本から人生の指針をも受け取りました。だから本の持つ偉大な力を感じずにはいられません。それに本は他人が作った空想の世界を容易に旅できる素敵なツールです。それは人生に深みを与えてくれる。
物書きの僕にとって本を読むのは、呼吸することぐらい大切です。読まなければ書けなくなるし、書けないというのは物書きにとって終わりを意味しますから。はい、本、大好きです。
誰も知らない海外に行って、書くことだけに集中したかった
——そんな中島さんにとって、「自由」とは?
中島 自由というテーマは、僕にとって永遠の課題のような気がします。子供のころから学校が嫌いでした。何のためにそこへ行くのか、何のためにそこで勉強するのか、教えてくれる人は誰一人いませんでした。友達もいなかったので、一人で釣りばっかりしてましたね。
大人と言われる年齢になって、仕事、家庭、子供、背負うものが増えちゃって、あのころみたいに釣りばかりしてられなくなった。経済的自由、精神的自由、両方を満たしてこそ本当の自由がある、なんて小難しい本に書かれてましたけど、なんだかしっくりこない。
たぶん、僕にとっての自由とは、海辺にある小さな家の書斎で、誰のためでもない文章を書いて、飽きたら釣り糸を垂らす。そしてまた文章を書く。これって究極の自由じゃないですか。僕にとっての。
——現在ではフィリピン在住ということですが、どうして日本を離れたのですか?
中島 「留学したい」という、鶴の、いや奥さんの一声がきっかけです。これからは英語を話せることが特別なスキルではなく、自転車に乗ることぐらい普通になる。だから、今、英会話力をつけておくことが家族にとっても必要になる。という彼女の判断に反対するほどの理由がなかったので。
僕としては、誰も知らない海外に行って、書くことだけに集中したかったというのが大きな理由です。書くこととどこまで向き合うことができるかというのは、僕の人生という航路の大きな舵取りになります。
後は、1歳の息子に日本以外の国を早いうちから体感してほしかった。脳の記憶には残らなくても、体や魂の記憶として残ると思うんです。この経験は、将来きっと彼の人生に大きな影響を与えると信じています。
それと、僕らは、日本が嫌いで日本を離れたわけではありません。日本を好きでいたいからこそ、外から見えてくる日本の良さを再発見したかったという想いから日本を離れました。
——では最後に今後の活動の予定などありましたら、お知らせください。
中島 フィリピンに半年いる予定ですので、その期間は、代筆屋を続けながら、今書いている小説を仕上げることに専念します。僕は書き続けられる作家になることを人生の終着駅に考えています。今すぐには、技術、精神、経済、色んな面で難しいことも理解しています。ただ、書き続けてきた今の状態+書き続けられる体力と精神力があれば、十分にたどり着ける場所であることは、おおよそ確認できています。
それから、プロの出版社さんの前で失礼なことですが、売れ行きを気にしないでいい出版社を起ち上げたいですね。好きな人の好きな本を好きに出す。すいません。
中島泰成(なかじま・やすなり)
京都府生まれ。代筆屋、行政書士。1998年、高校卒業後、アメリカ・ロサンゼルスへ留学。帰国後法律の勉強を始め資格試験に挑戦。行政書士とな る。そのかたわら、小説『代筆屋』(辻仁成)をきっかけに代筆屋をはじめ、テレビ、新聞などで紹介。「告白」「復縁」「お礼」「謝罪」「遺言書」など、あ らゆる分野の相談を受けている。悩みを抱える人、人生の岐路に立つ人、伝えたい気持ちを抱えている人などと向き合い、手紙に書くことで、人生を変えるお手 伝いをしている。
◎公式ホームページ→http://www.daihituya.com/