紗久楽さわインタビュー:BLと『薔薇族』の距離はどれくらい
伝説のゲイ雑誌『薔薇族』の2代目編集長である竜超が、知られざるゲイの秘密について書いたエッセイ『オトコに恋するオトコたち』。その装画を担当したのが、マンガ家の紗久楽さわさん。江戸時代を舞台にしたマンガを中心に、BL作品も手がける彼女に、制作の経緯を聞きました。
——『オトコに恋するオトコたち』のカバーイラストを担当されましたが、オファーがあったときのお話を聞かせてください。
紗久楽:はじめから直接、私にお仕事が来たわけではなかったです。この本に合うと思われる、旬のBL作家さんを、私の独断と偏見で数人ご紹介していたのですが、やりとりしているうちに「やっぱり紗久楽さんが描かない?」とお声がけいただいて、描くことになりました。
BL作家さんだとその方のファン層や作品イメージが加わりすぎるので。そういうものがあまりないけれども、男同士の雰囲気がいい絵だということで。
——BL作品も描かれている紗久楽さんですが、『薔薇族』編集長の本ということで、描く上でいつもと違ったことはありましたか?
紗久楽:普段は時代物を描いていますし、自分以外の本の表紙装丁に絵を採用していただくことも、はじめてだったので緊張しました。
BLを勉強する上で、『薔薇族』という本のことは存じておりましたので、絵に関してよりも、日本のゲイカルチャーを支えてきた雑誌に関わる方のお役にたてることが嬉しかったですね。
——やはりBLと『薔薇族』のようなゲイ雑誌は、近そうで遠い印象なのでしょうか?
紗久楽:雑誌を読むかどうかというと、そうかもしれませんね。私も興味はずっとあったものの、読んだことはなかったわけですし。
研究熱心なBL作家さんや、愛好家の方はたくさんいるので、昔よりは格段に、今は読まれて、ゲイの実情はBLに取り入れられていると思います。
BLは昔の少女マンガで生まれた「少年愛」ものの流行から派生して、成長していき今に至るジャンルですから、どちらかというと、「女子が作り上げた女子の理想の園」というイメージがします。
——作り手の視線の位置が違うということでしょうか。
紗久楽:ですが、最近はほぼゲイの方と似た趣向の、女子は苦手だろうとされる筋肉とか坊主とか、おじさんでもなんでも、とにかく求められて、愛でられ描かれていますので、内容の範囲はとても多岐にわたって広くなっています。
根源的に「違う」というところは、昨年12月にB&Bで行ったトークイベントでの竜さんとのお話しの中でもいくつかありましたが、大体は「漫画のお約束」として無視されている部分でもあると感じましたので、BL読者さんはちゃんとその「違う」も楽しんでいると思いますよ。
そしてその「違う」部分を、正しく描写してもらえればもらえるで、それもまるっと抱擁して読める方が、いまはとても多いです。
だから、いろんな同性愛の理想の姿が描かれているので、ゲイの方でも「これが読みたかったんだ!」ってBLを愛読される場合もあるようですよ。
——B&Bで行われたトークイベントでは、竜超さんに加え、『薔薇族』初代編集長の伊藤文学さんともお話されましたが、お二人の印象を教えてください。
紗久楽:竜超さんは、チャーミングな印象の方でしたね。御本を拝読させて頂いて、昔はかなりその可愛らしさを生かして遊んでらっしゃったことが書いてあったので、そういう方の成長の仕方というか、熟され方はこうなのだなァ……とお話しに相槌を打ちながら、観察させていただきました。
伊藤文学さんは、とても洒落た親しみやすい方でしたね。いまはあまりいらっしゃらない昭和の香り漂う伊達男タイプといいますか……。
私なんかにも「きれいなお姉さん」って一言添えてくださってありがたかったです。いわゆるノンケなのに、最近はじめて男性と「とある初体験された」お話が、本当に胸が熱かったです。
ゲイカルチャーやサブカル・アングラカルチャーの世界に、なくてはならない方という歴史の側面を覗かせてくださるのも、お会いできて感動しました。
——カバーイラストの話に戻ります。紗久楽さんといえば、『かぶき伊左』など江戸時代を舞台にしたマンガが有名ですが、今回のイラストは現代人で、洋服を着ています。こういう描き分けのときに意識していることはありますか?
紗久楽:私は和服ばかり描いてきたツケがまわってきて、とにかく洋服のしわが下手ですね。
ともかく「変だな」と気になっては困りますので、今回はなるべく邪魔にならないように、省略して描いています。
あと和服よりは、色味の幅を狭めて、見せたい色を絞りました。
——イラストを描くときは、下調べはどれくらいするのでしょう?
紗久楽:今回は担当編集の方が、表紙の男性二人が着る衣装のブランドまで決めてくださったので、そこから選びました。
自分で描く場合は、実物を見ないと描けないタイプなので、モノを探してみて、そこからアレンジしたりします。
——今回のイラストは、背景も素敵ですよね。どうやって描いたのですか?
紗久楽:背景パターンは「ウィリアム・モリス風で」とリクエストがありました。
モリスの画集はいくつか持っていたので、そのパターンでいいと思うものをいくつか上げて、編集さんに選んで頂いてから、「薔薇族だから、薔薇は入れよう」とかアレンジして、布や壁紙の生地のように、一枚パターンをつくって、それをデザインで連結させてもらってます。
一度、アナログ水彩で描いたのですが、連結をさせるのが難しくて失敗してしまったので、もう一度デジタルで違う柄に作画し直しました。
この柄も、同じ柄で色味を四種類くらい作って、選んでもらいましたね。あと、小さいことですが、著者近影とかに使われている黒枠とかも、私が描きました(笑)。
——最後に、今後のお仕事のご予定を教えてください。
紗久楽:いまは祥伝社『on BLUE』誌にて、江戸時代のBL漫画を執筆しています。
江戸風俗や、陰間文化など、今まであまりBL漫画ではファンタジーに落とされやすい傾向にあって、きちんと考証を反映して描かれなかったものを、出来るだけ当時そのままに、描く試みをしています。
別に新連載も始めたいのですが、こちらは江戸とは関係ない、挑戦と練習の作品になりそうです。
大阪府出身。マンガ家。インターネット上で自主公開していた、江戸の浮世絵師たちを描く「猫舌ごころも恋のうち」が書籍化出版。繊細で色気溢れる絵柄で人気を博し、幕末の歌舞伎を題材に取った『かぶき伊左』(エンターブレイン)で連載デビューを果たす。畠中恵原作の人気シリーズ『まんまこと』(秋田書店)のコミカライズなど、時代描写には定評がある。