都甲幸治インタビュー:好きな本について話そうよ

著者
都甲 幸治、武田 将明、藤井 光、藤野 可織、朝吹 真理子、和田 忠彦、石井 千湖、阿部 賢一、岡和田 晃、江南 亜美子
定価
1,620円(本体1,500円+税)
仕様
四六判/ 256ページ
発売日
ISBN
9784845627493

10人の小説家・翻訳家、書評家がおすすめの本について語る『きっとあなたは、あの本が好き。』には、都甲幸治さんがメイン・ナビゲーターとして全ての鼎談に参加しています。読書ビギナーから海外文学マニアまで楽しめるこの本の制作経緯を語ってもらいました。

——最新刊『きっとあなたは、あの本が好き。』は読書ガイドということで、章ごとにテーマとなる作家が設定されて、そこからの連想でおすすめの本を紹介していく形式になっています。どんな内容なのか、簡単に教えてください。

都甲:最近、本屋に行って何かいい本はないかなって探しても、正直どれを手にとっていいかわからないってことがあると思うんですよ。悩んだあげく、ひとまず書店のイチオシとかベストセラーを買ってきても「そんなに面白くなかったな」って感想になるときってありますよね。毎回当たりを引けるわけじゃないというか。

 だったら、本を職業柄たくさん読んでる人に「何が面白かった?」って聞いてみる本があったら、すごく便利じゃないかなと思ったんです。それで、作家・翻訳家・書評家に集まってもらいました。彼らはみんな、本を読んだり書いたりするのが仕事じゃないですか。

——『きっとあなたは、あの本が好き。』は、都甲さんの本では初めて、全編が鼎談で構成された本ですね。単著とは、作り方や書き方が違ってくるのでしょうか。

都甲:そもそも鼎談ってあまりやらないですよね。作り方もかなり違います。実際に自分で書く本っていうのは、自分でもあらかじめ何を書くのかわからない状態で書いていきます。他の人も言っていないし、自分でもまだ思いついていないことを必死に探して書いていく感じ。それで、密度もある程度高くしていきます。

 でも、対談や鼎談の場合は全く逆。まず相手がいるんです。相手っていうのは、対象になる本と、話し相手の両方。それらの魅力が最大限出るようにするには、どういうパスを出せばいいのかなってことを中心に考えて進めます。

 鼎談では、自分なりの読みを披露するのは、やっぱり最大でも3分の1。だからむしろ考えているのは、できるだけ喋らないで面白くするにはどうすればいいかな、ということですね。  一番大きな違いは、やっぱり話す相手がいるから、一人だったら思いつかないようなことを思いつけること。だから、単独で書いているときと内容が変わってくるんです。

——相手が言ったことに触発されるということでしょうか。

都甲:そうそう。僕はワークショップという言葉を使っているけれど、「その場」でみんなの脳みそをつなげて考えていくというのは、すごく面白いです。

——前回の『読んで、訳して、語り合う。』は対談でした。対談と鼎談では、どんなことが大きく違うのでしょう。

都甲:対談の場合は、相手が抱いているポジティブなところにもネガティブなところにも、かなり深く入っていこうとしますね。ある種人生全てを賭けた勝負、みたいな。もちろんこっちもさらけ出すし、内容は深くなっていきがちです。だけど鼎談は、どちらかというとイベントみたいな感じ。アイディア主体で、みんなでアイディアを転がしていくイメージですね。人格的なところまでは踏み込まないブレインストーミングというか。

——ワークショップという言葉も出てきましたが、鼎談のほうが、たとえば書店でのトークイベントの雰囲気に近いんでしょうか。

都甲:そうそう。オープンだし、なにより雰囲気も明るいですよね。だから結果的に読者の層も広がっていると思います。

——二冊連続で、他の方との対話が本になりましたが、都甲さんは元々誰かとお話するのが好きなのですか。

都甲:そうですね。『読んで、訳して、語り合う。』のまえがきにも書きましたが、大学生の時もカフェテリアにやってくる知り合いを捕まえては、延々と何時間も喋ってましたし。

——『きっとあなたは、あの本が好き。』では、都甲さんは司会のようなポジションですよね。そういった話術は、大学の講義のためのそれとは違うものなのでしょうか。

都甲:ワークショップみたいな感じで学生も発言する演習という授業にはすごく近いです。けれども、一方的に話す講義には全然違うスキルを使いますね。一人で喋りながら、対話のようなうねりを作り出して90分飽きさせないというものだから、要求される技術がかなり違うんじゃないかな。

 だけど、両方に共通するのは、聴く人にわかるように喋るってことです。相手がどれくらいの知識があるのかな、どれくらいの理解力があるのかな、というのを反応を見ながら計算して、その人たちが理解できるようなたとえを駆使しながら喋っていく。説明しようとすることと同時に、相手に橋をかけていくというか。

——それに関連するかもしれまんが、『きっとあなたは、あの本が好き。』は、今までの都甲さんの本のなかでも一番やさしい内容だと思います。普段、読み手のことは、どれくらい考えて制作されていますか。

都甲:かなり考えますね。たとえば新聞に書くときは難しい言葉は使わないですし。研究書みたいなものなら、いつもより難解な文章でもいいのかな、とか。今回もかなり考えました。

——言葉は違っても、伝えたいことが伝えられればいいのでしょうか。

都甲:もともと翻訳家だから、相手に伝わる形にするっていうことには抵抗がないんですよね。違う言語から日本語にする仕事だから、日本語同士の翻訳にも抵抗はないんです。難易度が低いから内容が低いとも思わないし。だから「こうじゃなきゃいけない」という気持ちは全くないですね。『きっとあなたは、あの本が好き。』も、本を読もうかなと思っている高校生でも楽しめるようなものにすれば、どんな人でも楽しんで読めるんじゃないかなと思って作っています。

——最後に、今後のお仕事のご予定を教えてください。

都甲:チャールズ・ブコウスキーとドン・デリーロの翻訳を進めています。あとは村上春樹論の単著も準備中ですし、雑誌で海外文学を紹介する連載も始めます。立東舎ともまた面白いことをやる予定です。

都甲幸治(とこう・こうじ)
1969年福岡県生まれ。翻訳家、早稲田大学文学学術院教授。著書に『読んで、訳して、語り合う。都甲幸治対談集』(立東舎)、『生き延びるための世界文学』、『21世紀の世界文学30冊を読む』(どちらも新潮社)、『狂喜の読み屋』(共和国)、訳書にジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(共訳、新潮社)などがある。